大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和54年(オ)452号 判決 1981年2月19日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人野村幸由の上告理由第一点について

原審の適法に確定したところによれば、(一) 上告人は、昭和四八年五月ごろ、有限会社鶴栄冷暖房工業の代表取締役である山中光義から、同会社が株式会社伊丹産業の名で金融業を営む加藤昭穂、板木優に対して負担する元本残額三九〇万円の借受金債務につき右加藤らから差入れを求められている約束手形を上告人名義で振り出してもらいたい旨懇請され、これに応ずる考えで上告人名義の当座預金口座を開設した、(二) そこで、山中は、上告人から交付を受けた約束手形用紙の振出人欄に自ら調製した上告人の記名印及び印章を押捺して金額三九〇万円の本件約束手形を作成し、これを上告人に示して伊丹産業側にこれを差し入れることにつき承諾を求めた、(三) 上告人は、山中から、前記借受金債務は毎月一〇万円ずつ返済する約束であり、本件手形を伊丹産業側において他に譲渡したり取立てに回したりすることはしないことになつている旨の説明を受けていたが、本件手形を伊丹産業側に交付するに先立ち、山中が締結した借受契約の内容の詳細及び本件手形差入れの趣旨について貸主側の説明を直接聞いて確かめたいと考え、同年五月一九日山中と共に伊丹産業の事務所を訪れたが、全員不在で目的を達することができず、本件手形はそのまま山中に預けておいた、(四) 翌々日の二一日、山中は、加藤、板木から手形差入れを強く催促されて上告人に連結することなく本件手形を加藤、板木に交付した、というのである。

右事実関係に照らせば、上告人は流通におく意思で本件手形に振出人として記名捺印をしたものというべきであるから、右手形の加藤、板木に対する現実の交付が上告人の意思に基づくものであつたかどうかにかかわらず、上告人は、連続した裏書のある右手形の所持人に対しては、同人が悪意又は重大な過失によつてこれを取得したことを主張・立証しない限り、振出人としての責任を免れ得ないものと解される(最高裁昭和四一年(オ)第五六八号同四六年一一月一六日第三小法廷判決・民集二五巻八号一一七三頁参照)。したがつて、所論の点に関する違法の有無を論ずるまでもなく、上告人が本件手形につき右のような手形上の責任を負うべき立場にあるものとした原審の判断は結局相当であり、所論の点につき原判決に理由不備又は決判に影響を及ぼすような違法があるとはいえない。論旨は、採用することができない。

同第二点、第三点について

所論の点に関する原審の認定判断は、正当として是認することができる。所論引用の判例は、事案を異にし本件に適切でない(なお、最高裁昭和四八年(オ)第九三一号同四九年一二月二四日第三小法廷判決・民集二八巻一〇号二一四〇頁参照)。論旨は、いずれも採用することができない。

(裁判長裁判官 中村治郎 裁判官 団藤重光 裁判官 藤崎萬里 裁判官 本山 亨 裁判官 谷口正考)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例